兄よ、あなたの命を私は知っていただろうか。 命を讃えて生きる・第2弾 #1

  私には、42歳で亡くなった兄がいます。
私は長い間、この兄のことを、いつか書きたいと思っていました。
けれども、なかなか書くことができませんでした。
思い出すには、あまりにもつらい出来事があったからです。
兄は幼い頃から病気を抱え、いじめを受け、事故に遭い、後遺症とともに生き、家族との別れを経験しました。そして42歳で、その生涯を終えました。
私は兄の人生を、どのように理解していたのでしょうか。
実は、これまで人に話せなかったことがあります。
私は、兄を恨んでいたこともあったのです。

兄の人生と、私の人生
私は、いつか兄の問題が自分の人生に降りかかってくることを恐れていました。
兄に何かが起きたら、誰が責任を取るのか。
母が年老いたら、誰が兄を支えるのか。
そのとき、自分の人生はどうなるのか。
私は、ずっとその荷を背負って生きてきたように思います。
そして、いつか来るその日のために、力をつけなければならないと、自分に課してきました。

しかし、その一方で、私にも私の人生がありました。
私にも、希望があり、夢があり、自分の未来を生きたいという願いがあったのです。
兄を支えなければならない。
けれども、自分の人生も生きたい。
その二つの間で、私は長い間、葛藤していました。

私は兄を助けているつもりだった
兄の生活を支え、困ったことが起きれば何とかしようとしてきました。
私は、兄のために懸命に生きているつもりでした。
しかし今、振り返ってみると、そこには自分でも気づいていなかった思いがあったのです。
・なぜ、私がこれほどの荷を背負わなければならないのか。
・なぜ、兄の人生によって、私の人生まで左右されるのか。
そんな怒りや恐れが、心の奥にあったのです。

そして、あるとき兄は私に言い放ちました。
「お前はガキだな!」
私は、その言葉を何十年も忘れることができませんでした。
なぜ、兄はそんなことを言ったのでしょう。
私は兄を助けているではないか。
私はこんなに苦労しているではないか。
しかし、今になって、まったく違う問いが生まれています。

私は兄の生活を支えていた。
けれども、兄の命を、本当に理解しようとしていただろうか。
命を讃えるということ
私たちは、人を理解しているつもりでも、その人の人生のほんの一部分しか見ていないのかもしれません。
そして、自分自身のことさえ、十分に理解していないのかもしれません。

私は兄を恨んでいた。
兄を助けてもいた。
兄のことを心配していた。
そして、兄によって自分の人生が失われることを恐れていた。
そのどれもが、当時の私だったのです。

私は今、その自分を隠さずに、もう一度兄の人生と向き合いたいと思っています。
兄の人生を美しい物語にするためではありません。
兄の命を、そして私自身の命を、もう一度見つめ直すためです。

私たちJLBAが大切にしている「命を讃える」。
それは、きれいな言葉を並べることではないと思います。
理解できなかった人の人生にも、もう一度耳を傾けること。
そして、自分自身が何を恐れ、何を守ろうとして生きてきたのかを発見すること。
そこから、新しい人生が始まるのではないでしょうか。

これから数回にわたり、私と兄、そして家族の物語をお伝えしたいと思います。
それは、決して私たちだけの物語ではありません。
皆さんの人生にも、どこかで重なるものがあるかもしれません。
あなたには、長い間、心の奥にしまってきた、誰かとの物語がありますか。
その物語に、今、もう一度出会ってみませんか。
次回「兄には、どんな未来が見えていただろう。」

日本リビングビューティー協会:伊藤

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