JLBAは、これからの20年目に向けて、
一つの言葉を大切にしていきたいと思っています。
「命を讃える」
それは新しく考えたキャッチコピーではありません。
振り返ってみると、
私たちが長い年月をかけて歩いてきた道の奥に、
ずっと流れていたものだったのだと思います。
では、なぜ「命を讃える」なのか。
その原点をたどると、
私たち自身の人生、そして両親が生きた時代にまで遡ります。
100年ほど前の日本。
今のように、誰もが十分な教育を受けられる時代ではありませんでした。
貧しい家庭に生まれた子どもたちにとって、
まず必要だったのは「生きていくこと」でした。
努力しろ。
頑張れ。
人に負けるな。
それは、厳しい時代を生き抜くために必要な言葉でもあったのでしょう。
私の父も、その一人でした。
開拓農民の家庭に生まれ、
十分なものを持たないところから社会へ出て、
懸命に働き、生き抜こうとしました。
子どもの頃の私は、
そんな父がどんな少年時代を送り、
何を恐れ、
何を背負って生きていたのかなど、
考えたこともありませんでした。
ただ、目の前にいる父しか知りませんでした。
日本は豊かになりました。
物が増え、
便利になり、
できることも増えました。
その一方で、
「もっと」「もっと」と競争する中で、
私たちは何か大切なものを置き去りにしてきたのではないでしょうか。
家族。
人とのつながり。
自分自身の心。
そして、
命そのものへの敬意。
父の人生を振り返ると、
私は今、そんなことを考えます。
もちろん、それだけで父の人生を説明することはできません。
それでも、
「なぜ、あの人はあのように生きたのだろう」
という問いを持つようになりました。
それはずっと後になってからのことでした。
私たちは突然、この世界に現れたわけではありません。
父がいて、
母がいて、
そのまた父と母がいて、
数え切れない命の連なりの先に、
今の私たちがいます。
そこには、
美しい物語だけがあったわけではないでしょう。
喜びも、
悲しみも、
争いも、
後悔も、
言葉にできなかったたくさんの想いもあったはずです。
それでも命はつながり、
今、私たちはここにいます。
そう考えたとき、
「自分の命だけを見ていて、本当に自分を理解できるのだろうか」
という問いが生まれます。
あなたの父や母は、
どんな時代を生きた人だったでしょう。
そして、その父や母にも、
あなたが知らない子ども時代があったはずです。
無理に理解する必要も、
過去を美化する必要もありません。
ただ、
「この人にも、私の知らない人生があった」
そう思ってみる。
そこから、それまでとは少し違う景色が見えてくることがあります。
私にとって、
「命を讃える」という長い旅は、
そんなところから始まっていたのかもしれません。
次回は、
私が長い間理解することのできなかった
「父」という一人の人間について書いてみたいと思います。
私は、どんな命の続きを生きているのだろう。
◆関連記事
命を讃えて生きる#1「人生はもう一度面白くできる」