「私がやらなくちゃ」は、いつから始まったのだろう?― 美咲の物語の向こう側 第10話 ―

living beauty stories Oct 24, 2026

 「私がやった方が早いから。」
「みんな忙しいから、私がやらなくちゃ。」
「人に頼むくらいなら、自分でやった方がいい。」

そんな言葉を、日常の中で何度も口にしていませんか?

それは、責任感があるからかもしれません。
家族を大切にしているからかもしれません。
誰かの役に立ちたいという、優しい気持ちからかもしれません。

でも、少しだけ考えてみたいのです。

その「私がやらなくちゃ」は、いつ、誰が決めたのでしょうか。

そして、それは今も、本当に自分が望んでいる生き方なのでしょうか。
今週の美咲の物語は、そんな問いから始まりました。

5歳の美咲が、自分に与えた言葉

美咲が5歳だった頃。

幼い弟は病気がちで、お母さんはいつも看病に追われていました。

ある日、美咲は一生懸命描いた絵を、お母さんに見せようとします。

「お母さん、見て! 絵を描いたの!」
でも、お母さんは弟の世話で手いっぱい。

「ごめんね、美咲。ちょっと待っててね。」
美咲は、お母さんが大変なのを知っていました。

だから、タオルを持ってきたり、お手伝いをしたりしました。

「ありがとう。美咲はお姉ちゃんだから、助かるわ。」
その言葉が嬉しかった。

お母さんの役に立てたことが、誇らしかった。

そして、幼い美咲の中に、一つの言葉が生まれます。

「私、お姉ちゃんだもん。」
けれど、本当はもう一つの気持ちもありました。

「お母さん、私の絵も見てほしかったな……。」

その気持ちは、口にしませんでした。
お母さんを困らせたくなかったから。
弟のことが心配だったから。
自分はお姉ちゃんだから。

こうして美咲は、誰かに強制されたわけでもないのに、自分の中で一つの約束をつくっていったのかもしれません。

「私のことは、後でいい。」

あの頃の決心が、大人になった私を動かしている?

子どもの頃、私たちはさまざまな体験をします。

褒められたこと。
叱られたこと。
うまくできたこと。
失敗したこと。
誰かに必要とされたこと。

そして、言いたかったのに言えなかったこと。
その体験を通して、私たちは少しずつ、自分についての考えをつくっていきます。

「私は、しっかりしていなければならない。」
「人に迷惑をかけてはいけない。」
「我慢するのが当たり前。」
「人に頼ってはいけない。」
「私は、これくらいしかできない。」

もちろん、これらの考え方がすべて悪いわけではありません。

そのときの自分を守り、家族との関係を保ち、困難を乗り越える力になっていたこともあるでしょう。

しかし、ここに一つ、見落としやすいことがあります。

かつて自分を助けてくれた考え方が、今の自分の可能性を狭めていることもある。

例えば、幼い頃に「しっかりしたお姉ちゃん」であることを大切にしてきた人が、大人になっても、何でも自分で引き受けてしまう。

本当は疲れているのに、休めない。
助けてほしいのに、頼めない。
やってみたいことがあるのに、家族のことを考えて諦めてしまう。

それがあまりにも自然になっていると、自分が何かを我慢していることにさえ、気づかなくなるかもしれません。

「長女のアクト」という、見えない約束

私たちJLBAの講座でも、こうした話に出会うことがあります。

特に「長女として育ってきた」という方の中には、
「私がしっかりしなくちゃ。」
「私が我慢すれば丸く収まる。」
「人に頼るのは苦手。」

という思いを、長い間持ち続けてきた方がいらっしゃいます。

私たちは、こうした自動的に繰り返してしまう反応や行動のパターンを、講座の中で「アクト」と呼んでいます。

アクトとは、単なる性格のことではありません。

自分でも気づかないうちに、いつも同じような場面で、同じ言葉を使い、同じ行動を選んでしまうこと。

例えば、美咲の場合。
娘が「手伝おうか?」と言ってくれているのに、

「いいよ、私がやるから。」
と、考えるより先に答えてしまいます。

それは、娘を信頼していないからではないでしょう。

家族を大切にしていないからでもありません。

ただ、あまりにも長い間、
「私がやるものだ。」という生き方を続けてきたのです。

そして、その生き方以外の選択があることを、忘れていたのかもしれません。

ただし、こうした反応は長女だけに限りません。

末っ子でも、一人っ子でも、男性でも女性でも、育ってきた環境や体験によって、それぞれの「当たり前」が生まれます。

大切なのは、どの立場で育ったかではなく、自分はどんな言葉を自分に与えて生きてきたのかに気づくことです。

「我慢できる私」は、本当の私のすべてだろうか

我慢することができる。
人のために動くことができる。
責任を果たすことができる。
それらは、素晴らしい力です。

でも、それだけが自分なのでしょうか。

本当は、誰かに甘えたい自分もいたかもしれません。
自分の好きなことをしてみたい自分もいたかもしれません。
失敗してもいいから、新しいことに挑戦したい自分もいたかもしれません。

けれど、いつの間にか、
「私には無理。」
「今さらできない。」
「家族に迷惑をかける。」

という言葉で、その可能性を閉じてしまってはいないでしょうか。

第9話の美咲は、医師になるという夢を思い出しました。

弟の病気を心配し、お母さんを助けたいと願った幼い美咲。

その夢は、やがて叶わなかった夢となり、美咲の中に「私には無理」という思いも残しました。

そして第10話では、もう一つの自分に出会いました。

「お姉ちゃんなんだから。」
「私がやらなくちゃ。」

この二つの物語は、実はつながっているのかもしれません。

誰かを助けたいという願いが、自分自身の人生を後回しにする生き方にもつながっていた。

そう考えると、美咲が48歳になった今、向き合っているのは、単なる家事の分担ではないのです。

「私は、どんな人生を生きる人間なのか。」

その、自分自身についての問いなのです。

48歳の美咲が、5歳の自分を抱きしめた理由

今週のDAY2では、印象的な場面がありました。

48歳の美咲が、5歳の美咲を抱きしめるシーンです。

「私も、見てほしかったんだね。」
「ずっと、頑張ってたんだね。」

あの場面で美咲がしたのは、過去の自分を否定することではありません。

「そんなふうに考えなければよかった。」
「もっとわがままを言えばよかった。」
と、過去を責めることでもありません。

あの頃の自分には、あの頃の自分なりの愛情があり、精いっぱいの選択があった。

お母さんを助けたかった気持ちも、本当。
自分の絵を見てほしかった気持ちも、本当。

どちらも、自分だった。

そのことを、初めて受け入れたのです。
私たちは、過去に戻って出来事を変えることはできません。

でも、過去の出来事に対して、今の自分がどんな意味を与えるかは、見直すことができます。

そして、これからの人生を、過去と同じように生き続けなければならないわけでもありません。

人生が動き始めたのは、たった一言から

DAY3。

夕食の準備をしていた美咲に、娘が声をかけます。

「お母さん、何か手伝おうか?」
いつもの美咲なら、
「いいよ、私がやるから。」そう答えていたでしょう。

でも、今回は違いました。

美咲は、途中で言葉を止めます。

そして、娘の顔を見て、少し照れくさそうに言いました。
「じゃあ、お願いしてもいい?」

たった、それだけです。
大きな決断をしたわけでもありません。

人生を変えると宣言したわけでもありません。

でも、その一言によって、娘の表情が変わりました。

「うん! 何すればいい?」
二人でサラダを作りました。
娘は楽しそうに言いました。「一緒に作ると、楽しいね。」

美咲も笑いました。

ここで生まれたのは、家事の負担が少し減ったという結果だけではありません。

娘は、自分にもできることがあると感じたかもしれません。
美咲は、誰かに任せることで、一緒に楽しむ時間が生まれることを発見しました。

自分の言葉を一つ変えたことで、相手との関係にも、新しい可能性が生まれたのです。

自立とは、一人で頑張り続けることではない

私たちJLBAが大切にしている「自立」は、何でも一人でできるようになることではありません。

誰にも頼らず、我慢して、強く生きることでもありません。

人とつながり、支え合いながら、自分で考え、自分で選び、自分の人生を生きていくこと。

そして、相手にも、その人自身の人生を生きる可能性があることを認めること。

美咲が娘にサラダを任せたことは、小さな出来事です。
でも、そこには大切な変化がありました。

「私がやってあげる」という関係から、
「一緒にやってみよう」という関係へ。
「私が全部背負わなくちゃ」という生き方から、
「誰かと共に創っていける」という生き方へ。

それは、美咲が弱くなったのではありません。

自分にも、相手にも、今まで見えていなかった可能性を認め始めたのです。

あなたは、いつ、自分にその言葉を与えましたか?

ここで、少しだけ自分自身を振り返ってみませんか。

日常の中で、こんな言葉が出てくることはないでしょうか。

  • 「私がやらなくちゃ。」

  • 「人に迷惑をかけてはいけない。」

  • 「我慢するのが当たり前。」

  • 「私は、これくらいしかできない。」

  • 「今さら、新しいことなんて無理。」

もし、思い当たる言葉があったら、その言葉を無理に消そうとしなくてもよいのです。

ただ、問いかけてみてください。

私は、いつからそう思っていたのだろう?

その言葉は、あの頃の私に何をもたらしてくれたのだろう?

そして今も、その言葉だけで生きていきたいのだろうか?

もしかしたら、幼い頃の自分が、精いっぱい生きるためにつくった約束だったのかもしれません。

その約束を守ってきた自分を、まずは認めてあげたいと思います。

そして今、もう一つ、新しい言葉を自分に与えることもできるのです。

「誰かにお願いしてもいい。」

「私の気持ちも大切にしていい。」

「やったことがなくても、挑戦してみたい。」

「これからの人生は、私が創っていく。」

あの頃の私と、これからの私

5歳の美咲は、お母さんを助けたいと思いました。

48歳の美咲は、その幼い自分を抱きしめました。

そして、娘に「お願いしてもいい?」と言ってみました。

過去の自分を発見すること。

今の自分に気づくこと。

そして、新しい行動を選んでみること。

その一つひとつが、これからの人生を創っていくのだと思います。

私たちは、過去の体験をなかったことにはできません。

けれど、過去の体験から生まれた言葉だけで、未来を決めなくてもよいのです。

あなたが、今まで当たり前だと思っていたこと。

その中に、まだ発見していない自分の可能性が眠っているかもしれません。

人生の折り返し地点に立った美咲。

これからも、家族のこと、仕事のこと、両親のこと、自分自身の未来のこと、さまざまな出来事がやってくるでしょう。

でも、その一つひとつに、今までと同じ反応をする必要はありません。

その都度、自分に問いかけ、選び直すことができます。

「これは、私の人生。」

そう言える人生を、今この瞬間から創っていく。

それが、私たちJLBAが「命を讃えて生きる」という言葉に込めている願いです。


今週のあなたへの問い

あなたが幼い頃、自分に与えた言葉は何でしょうか。

そして今、これからの自分に、どんな新しい言葉を贈りたいですか?

Living Beauty Stories ― 美咲の物語

命を讃えて、自分の人生を生きる。

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