許すとは、なかったことにすることではない Rawfood道 ― 命を讃えて生きる。#4

(9月27日の記事から続きです)私は父という人を長い間理解できなかった

父が亡くなってからも、
私の中の父は消えませんでした。

そして長い間、
「なぜ私は、もっと父に何かしてあげられなかったのだろう」
という思いも残りました。

親孝行ができなかった。
心から父を思えなかった。

そんな自分を、
どこかで責め続けていたのだと思います。


「許さなければ」と思ったわけではなかった

私はある日突然、「父を許そう」
と決めたわけではありません。

むしろ、
そんな簡単なことではありませんでした。

長い年月が必要でした。

自分自身も人生を生き、
仕事をし、失敗し、人との関係に悩み、

思うようにならない自分自身にも
何度も出会いました。

そして少しずつ分かってきたことがあります。

人間は、理想通りには生きられない。

私自身もそうでした。


父の少年時代を想像した

そんな中で、
いつからか私は、
「父にも少年時代があった」と思うようになりました。

開拓農民の家庭に生まれ、
十分な教育を受ける機会もなく、

生きるためには、

頑張れ。努力しろ。負けるな。

そう言われながら生きてきたのかもしれません。

だからといって、
父のしたことが正しかったことにはなりません。

理解することと、肯定することは違います。

ここは、とても大切なことだと思います。

ただ、「なぜあんなことをしたのか」という問いだけだったところに、

「この人は、どんな人生を生きてきたのだろう」
という、もう一つの問いが生まれたのです。


許すとは何だろう

今振り返ると、私にとっての「許す」は、

過去を忘れることでも、
起きたことをなかったことにすることでも、
父の行為を正当化することでもありませんでした。

長い間、
一つの記憶の中に閉じ込めていた父を、

もう一度、
一人の人間として見ることができるようになったこと。

それに近かったのかもしれません。

そして不思議なことに、
父を見る目が変わっていくと、

私自身の中にあった何かも、
少しずつほどけていきました。


許すことを急がなくていい

今、誰かを許せない人がいても、
それを責める必要はないと思います。

許すことを、
人生の宿題にする必要もありません。

ただ、いつか、
「私はこの出来事を、別の場所から見ることができるだろうか」

そんな問いが生まれる日が来るかもしれません。

私の場合は、
何十年という時間が必要でした。

それでよかったのだと思います。

生命には、
生命の時間があります。

今日の問い

私が握りしめている過去を、いつか違う場所から見ることはできるだろうか。

答えを急がず、
今日はただ、その問いと一緒にいてみてください。

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