「お父さんね、この頃ちょっと疲れやすいみたいなの。」
母からの一本の電話。
48歳の美咲にとって、それは決して特別な出来事ではありませんでした。
けれども、その言葉を聞いた瞬間、美咲の心には、いつもの思いが浮かびました。
「私が何とかしなきゃ……。」
父の健康が気になる。母のことも心配。
実家で暮らす弟のこれからも気になる。
自分自身の仕事や家族のことだって、考えなければならない。
そんな美咲の姿は、現代を生きる多くの人の姿と重なるのではないでしょうか。
しかし、今回の物語で美咲が出会ったのは、家族の問題だけではありませんでした。
自分が長い間、当たり前だと思ってきた「家族との関わり方」そのものだったのです。
日本は、世界でも高齢化が進んでいる国の一つです。
内閣府の「令和8年版高齢社会白書」によると、2025年10月1日現在、日本の65歳以上の人口は3,622万人。総人口の29.4%を占めています。
つまり、約3.4人に1人が65歳以上という社会です。
これは単なる人口統計ではありません。
私たちの父や母、祖父母、そして、やがて年齢を重ねていく私たち自身の人生につながっています。
親が以前より疲れやすくなった。
外出する機会が減った。
病院へ行くことが増えた。
そんな小さな変化から、これまで考えていなかった未来が、急に現実味を帯びてくることがあります。
しかし、ここで大切にしたいことがあります。
年齢を重ねることは、その人が自分の人生を生きる力を失うことではありません。
美咲の父も、少し疲れやすくなったからといって、すぐに介護が必要になると決まったわけではありません。
母もまた、心配しているからといって、誰かにすべてを任せたいと思っているわけではないのです。
二人には、これまで歩んできた人生があり、これからの人生についての思いがあります。
そのことを、私たちはどれくらい知っているでしょうか。
厚生労働省の2022年「国民生活基礎調査」では、介護が必要な人の主な介護者のうち、同居している人が45.9%でした。
そして、同居する主な介護者の68.9%が女性でした。
この数字からは、家族の介護を女性が担うことの多い社会の現実が見えてきます。
もちろん、家族を支えることには、深い愛情や喜びもあります。
しかし、その役割が特定の誰かに集中すると、その人自身の仕事や健康、将来の選択にも影響することがあります。
美咲も、幼い頃から母や弟を大切に思ってきました。
「大きくなったら、お医者さんになる!」
その願いには、家族の役に立ちたいという純粋な思いがありました。
けれども、48歳になった美咲は、ふと気づきます。
「私が守らなきゃって、誰が決めたんだろう?」
これは、家族を大切にすることをやめようという問いではありません。
大切に思う気持ちが、いつの間にか自分の人生を決める役割になっていなかっただろうか。
そのことを、初めて見つめ始めたのです。
今回のDAY3で、美咲は母にもう一度電話をかけました。
いつものように「私が週末に行くから」と言いかけます。
でも、そこで少し立ち止まりました。
「ねえ、お母さん。お母さんは、今どう思っているの?」
母は、少し考えてから答えます。
「お父さんのことは心配よ。でもね、私もまだ、どうしたらいいのかわからないの。」
そして、「まずは、お父さんと話してみようと思ってる。」
美咲は、その言葉を静かに聞いていました。
ここに、今回の物語の大切な転換があります。
これまで美咲は、母のことをよく知っていると思っていたかもしれません。
何が心配で、何をしてほしいのか。
自分にはわかっていると思っていたかもしれません。
けれども、母には母の考えがありました。
まだ答えがなくても、自分で考え、夫と話し合おうとしている。
美咲が知らなかった母の姿です。
私たちは、長年一緒にいる人ほど、相手を知っていると思いがちです。
しかし、親も、夫も、子どもも、きょうだいも、自分とは違う一人の人間です。
相手を心配していることと、相手の人生を知っていることは、同じではないのかもしれません。
困っている人を助けたい。
大切な人の力になりたい。
それは、人間が持つ素晴らしい可能性です。
しかし、ここで一つ問いを持ってみたいのです。
私たちが「助けてあげなければ」と思うとき、相手をどのような存在として見ているでしょうか。
もしかしたら、知らず知らずのうちに、相手を「自分が何とかしてあげる人」として見てしまうことがあるかもしれません。
けれども、その人にも、自分自身の人生があります。
誰かの助けを必要とすることがあっても、その人の人生の主体性まで失われるわけではありません。
そして、助ける側にいると思っていた自分も、いつか誰かの力を必要とするかもしれません。
人は、支える側と支えられる側に、いつも分かれているわけではないのです。
お互いが、それぞれの人生を生きながら関わっている。
そこには、これまでとは違う家族の可能性があります。
相手の人生を尊重することと、必要なときに具体的な手を差し伸べることは、両立できるのです。
父の体調は、まだわかりません。
母の心配も、なくなっていません。
弟がこれからどのような人生を望んでいるのか、美咲はまだ十分に知りません。
そして、美咲自身にも、これから向き合う現実があります。
夫の仕事、自分自身の雇用、子どもたちの未来、そして夫婦の老後。
どれも、簡単に答えの出ることではありません。
でも、私たちは、問題がすべて解決してからでなければ、自分の人生を生きられないのでしょうか。
不安がなくなってからでなければ、新しい一歩を踏み出せないのでしょうか。
JLBAが大切にしている「命を讃える」という考えは、問題のない人生だけを讃えるものではありません。
思いどおりにならない現実があっても、迷いや不安があっても、その人生を自分の人生として引き受けていく。
それは、何でも一人で背負うことではありません。
現実から目をそらさず、必要な人と話し、助けを求め、選べることを見つけていく。
そして、答えのないときには、答えがないまま、その現実と共にいることもできる。
生命力とは、身体の健康だけではなく、そうした人生への関わり方にも表れるのではないでしょうか。
美咲は以前、自分の身体やこれからの暮らしを見つめ直すきっかけとして、JLBAの7daysに参加しました。
食べるものを意識し、自然の恵みを味わい、自分の身体の変化に目を向ける。
そして、同じように自分の人生を考える人たちと出会いました。
食を変えたからといって、家族の問題が解決するわけではありません。
けれども、自分の日常に目を向け、これまでとは違う選択をしてみる。
その小さな体験が、自分自身の可能性に気づく入口になることがあります。
「私には、まだできることがある。」
「これまでの私だけが、私のすべてではない。」
食を通して自分の生命に関心を持つこと。
そして、自分の人生をどのように生きていくかという問いへ広がっていくこと。
JLBAが食を大切にしてきた理由も、そこにあります。
第11話で、美咲は言いました。
「私には、まだ知らない私がいる。」
そして第12話では、母との会話を通して、こう感じました。
「お母さんのこと、私、まだ知らないことがあるんだな……。」
自分自身にも、まだ知らない可能性がある。
そして、長年一緒に生きてきた家族にも、まだ知らない世界がある。
そのことに気づいたとき、私たちの人間関係は、もう一度新しく始まるのかもしれません。
親だから、子どもだから、妻だから、夫だから。
そんな役割だけでお互いを見るのではなく、一人ひとりが自分の人生を生きている存在として出会い直していく。
そこには、今までとは違う未来を創る可能性があります。
美咲は、まだ何も解決していません。
でも、これまでとは違う問いを持ち、母の言葉を聞きました。
それは小さな出来事です。
けれども、その小さな出来事から、家族との新しい関係が始まるかもしれません。
問題のない人生を手に入れることが、自分らしく生きることなのだろうか。
それとも、問題がある現実の中で、自分はどう生きるかを選んでいくことなのだろうか。
あなたは、どう思いますか。
そして、あなたの大切な人には、まだ知らないどんな思いがあるでしょうか。
今日、その人に一つ、聞いてみたいことはありませんか。
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日本リビングビューティー協会(JLBA)