「人生100年時代」
そんな言葉を耳にすることが増えました。
100歳まで生きる。
そう聞いたとき、
あなたはどんな気持ちになりますか?
「そんなに長く生きるの?」と思う人もいるでしょう。
「元気なら長生きしたい」と思う人もいるでしょう。
でも今日は、
「何歳まで生きたい?」ではなく、
「長く生きるなら、どんな人生を生きたい?」と考えてみたいと思います。
寿命が長くなれば、
人生の時間も長くなります。
でも大切なのは、
時間の長さだけではありません。
朝起きたとき、「今日はこれをやろう」と思えること。
食事を、「おいしいね」と言えること。
会いたい人がいること。
誰かから、「ありがとう」と言われること。
季節の変化に気づくこと。
小さなことでも、
「やってみたい」と思えること。
そんな一日が積み重なることも、
長く生きることの大切な意味ではないでしょうか。
少し未来へ行ってみましょう。
80歳のあなたです。
どこに住んでいるでしょう。
朝、何時に起きますか?
朝食には何を食べていますか?
どんな服を着ていますか?
誰と話していますか?
何を楽しみにしていますか?
仕事をしているかもしれません。
庭で野菜を育てているかもしれません。
誰かに料理を教えているかもしれません。
新しいことを学んでいるかもしれません。
大切なのは、
正しい未来を描くことではありません。
「私は、どんなふうに生きていたい?」
と、自分に問いかけてみることです。
50歳だから。
60歳だから。
70歳だから。
「今さら」
と思うことがあります。
でも、もし人生が100年あると考えたらどうでしょう。
48歳なら、まだ折り返し地点。
60歳でも、その先には長い時間があります。
もちろん、年齢とともに身体も環境も変わります。
できることも変化します。
でも、「これからをどう生きたいか」
を選ぶことまで、年齢によって終わるわけではありません。
未来は、若い人だけのものではないのです。
80歳の自分は、
ある日突然できあがるわけではありません。
今日食べるもの。
今日動かす身体。
今日会う人。
今日使う言葉。
今日「やってみよう」と思ったこと。
その一つひとつが、
未来の自分につながっています。
100年を生きるとは、
100年先を心配することではなく、
今日という一日を、自分で生きること。
その積み重ねなのかもしれません。
目を閉じて30秒だけ、
80歳の自分の、ある一日
を想像してみてください。
何をしていますか?
誰といますか?
どんな表情をしていますか?
そして一つだけ聞いてみましょう。
「その私のために、今日の私は何ができる?」
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