今日は、敬老の日です。
人生を長く歩んでこられた方々へ、
心から敬意をお伝えしたいと思います。
私たちの前には、
いつも先に歩いてきた人たちがいました。
父や母。
祖父や祖母。
地域の人。
仕事の先輩。
そして、名前も知らないたくさんの人たち。
今、私たちが当たり前のように暮らしている社会も、
誰かが働き、育て、守り、次の世代へ渡してくれたものです。
80年生きるということ。
90年生きるということ。
その時間の中には、
どれほどたくさんの出来事があったのでしょう。
嬉しかった日。
眠れなかった夜。
家族との出会い。
仕事。
子育て。
別れ。
思い通りにならなかったこと。
それでも朝が来れば起き、
ご飯を食べ、
誰かのために動き、
今日まで生命をつないできた。
私たちは、ときどき高齢者を、
「支えてあげる人」という視点だけで見てしまいます。
でも、その方々は長い年月を生き抜き、
今の私たちへ生命と経験をつないできた、人生の先輩です。
今日は、その生命の時間そのものに、
「ここまで生きてくださって、ありがとうございます。」
と敬意を表したいと思います。
そして敬老の日は、
高齢者だけの日ではありません。
40歳の人も。
50歳の人も。
20歳の人も。
みんな、毎日一日ずつ歳を重ねています。
では、
あなたは、どんなふうに歳を重ねていきたいですか?
若々しく見えることだけではなく、
よく笑う人。
好奇心のある人。
人の話を聞ける人。
経験を次の世代へ渡せる人。
何歳になっても、
「やってみよう」と言える人。
歳を重ねることは、
失っていくことだけではありません。
時間を生きてきたからこそ持てるものもあります。
経験。
知恵。
人への理解。
そして、自分自身の人生。
顔に刻まれた線も、
白くなった髪も、
少しゆっくりになった歩みも、
その人が生きてきた時間です。
それを否定するのではなく、
「よくここまで生きてきたね」
と、自分自身にも言える社会でありたいと思います。
長寿とは、数字だけではありません。
生きてきた一日一日の積み重ねです。
今日という日は、
人生の先輩たちへ感謝すると同時に、
私たち自身が、「私は、どんな人生の先輩になりたいだろう」
と考える日でもあるのではないでしょうか。
今日は、人生の先輩を一人思い浮かべてみてください。
父母でも、
祖父母でも、
先生でも、
仕事の先輩でもかまいません。
そして、「私は、この人から何を受け取っただろう?」と考えてみる。
できたら一言、「ありがとう」を伝えてみませんか。
生命から生命へ受け渡されてきたものに、
今日は少しだけ心を向けてみましょう。
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