私たちは、生まれてから今日まで、
ほとんど毎日、何かを食べて生きてきました。
朝ごはんを食べる。
お昼になれば何かを口にする。
家族のために夕食をつくる。
あまりにも当たり前のことなので、
「なぜ、私たちは食べるのだろう?」
と考えることは、ほとんどありません。
もちろん、身体に必要な栄養をとるためです。
でも、食べるということは、本当にそれだけなのでしょうか。
野菜も、果物も、穀物も、
もともとは土の中に根を張り、
太陽の光を浴び、水を吸い、季節の中で育ってきた生命です。
一枚の葉にも、
一粒の種にも、
そこに至るまでの時間があります。
私たちは、それを食べることで、自分の身体をつくっています。
そう考えてみると、
食べるとは、自然の生命を、自分の生命へつないでいくこと。
とも言えるのではないでしょうか。
前の世代の日本人は、それを知識としてではなく、
暮らしの中で感じていたのかもしれません。
食事の前の、「いただきます」という一言にも、その感覚が残っています。
健康について考えると、
私たちはつい、
何を食べればいいのか。
何を避ければいいのか。
どんな栄養素が必要なのか。
という「正解」を探します。
もちろん、それも大切です。
けれど、もう一つ大切なのは、「私は、どのように食べたいのだろう」
と考えることではないでしょうか。
忙しいから、とりあえず食べる。
身体の声を聞かずに、習慣で食べる。情報を見て、「身体に良いらしいから」と食べる。
そんな毎日の中で、食べることがいつの間にか
「生命を養う時間」ではなくなっていることもあります。
ゆっくり味わう。旬のものをいただく。
身体がどう感じているかを聞いてみる。
誰かと食卓を囲む。
作ってくれた人や、育ててくれた自然を思う。
それは小さなことですが、毎日繰り返されていきます。
そして、その積み重ねが、身体だけではなく、
私たちの感覚や暮らし方、人生のあり方にもつながっていきます。
だから私は、食べることは、生きること。なのだと思います。
今週の生命力ジャーナルでは、
「道」ということを、食を通して考えてみたいと思います。
特別な修行の話ではありません。
毎日の食卓で、自分の生命と向き合うこと。
昨日より少し、自分の身体の声に耳を澄ませてみること。
自然から生命をいただいていることを、
ふと思い出すこと。
そんな小さな積み重ねの中にも、
その人自身の「道」は生まれていくのかもしれません。
明日の食事のとき、
ほんの少しだけ立ち止まってみてください。
目の前にある食べものは、
どこからやってきたのでしょう。
そして、それを食べたあなたは、
これからどんな生命を生きていきたいでしょうか。
食べることは、生きること。
その当たり前のことを、
この一週間、一緒に見つめてみたいと思います。
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