8月になると、日本の各地で「お盆」を迎えます。
お墓参りをする。仏壇に手を合わせる。家族が集まる。故郷へ帰る。
子どもの頃から、
何となく繰り返してきた方も多いでしょう。
でも今日は、お盆という日本の文化を、
少し違う角度から
眺めてみたいと思います。
それは、「私の命は、どこから来たのだろう?」という問いです。
私たちは普段、
「私の人生」「私の身体」「私の健康」と言います。
もちろん、
自分の人生を生きることは大切です。
けれど、
自分の命を時間の流れの中から
少し離れて眺めてみると、
とても不思議なことに気づきます。
私には父と母がいる。
その父と母にも、
それぞれ父と母がいる。
さらにその前にも、
命があります。
2人。4人。8人。16人。32人……
数え切れないほどの生命の連なりの先に、今の私がいる。
もし、その長い歴史のどこか一つでも
命がつながっていなかったら、
今ここにいる私は存在していません。
そう考えると、
私の生命は、
私一人のものとして突然始まったのではない
ということに気づきます。
お盆は、日本で祖先を迎え、
供養する夏の行事として受け継がれてきました。
地域によって時期や方法は異なりますが、
現在は8月13日から16日ごろに行う地域が多く、
7月に行う地域や旧暦に合わせる地域もあります。
迎え火を焚き、
祖先を迎え、
そして送り火で送る。
お墓を掃除し、
花を供え、
家族で手を合わせる。
そこには、
「亡くなった人も、
今の私たちと無関係ではない」という感覚があります。
日本人は、過去の生命と今の生命を
完全に切り離さずに生きてきたのかもしれません。
現代では、
「自分らしく生きる」
「自分を大切にする」という言葉をよく耳にします。
それは、とても大切なことです。
でも同時に、
自分は一人で出来上がった存在ではない
という視点も、
私たちを支えてくれるのではないでしょうか。
顔つき。体質。性格。好きな食べ物。
家庭で当たり前だと思っていた習慣。
料理の味。言葉。考え方。
私たちの中には、知らず知らずのうちに、
たくさんの人から受け取ったものがあります。
「自分」という存在の中には、
実はたくさんの生命の歴史が息づいているのです。
「おばあちゃんが作ってくれた味噌汁。」
「母が作っていた漬物。」
「夏になると家族で食べたすいか。」
「お正月には必ずこの料理だった。」
食には、栄養だけでなく、
人の記憶が宿ることがあります。
同じ味を食べた瞬間、何十年も前の風景を
突然思い出すことがあります。
食文化とは、
レシピだけを伝えるものではありません。
人から人へ、
暮らし方や、思い出や、生命の記憶まで
一緒に渡していくものなのかもしれません。
そして現代科学では、人と人とのつながりが
健康にどのように関係するのかについて、
多くの研究が行われています。
2024年のレビューでは、
社会的なつながりが、心身の健康と関係する重要な要素であることが
改めて整理されています。
また、90のコホート研究をまとめた
2023年のメタ解析では、
社会的孤立や孤独と、死亡リスクとの関連が報告されています。
もちろん、「お盆をすれば長生きする」という話ではありません。
けれど、人は完全に一人で生きる存在ではなく、
誰かとの関係、家族、地域、
社会とのつながりの中で健康も育まれている。
科学もまた、
そのことをさまざまな角度から
見つめ始めています。
ここまで3日間、生命力について見てきました。
DAY1は、旬 ― 自然の時間とつながる。
DAY2は、いただきます ― 他の生命から受け取る。
DAY3は、発酵 ― 目に見えない生命と共に生きる。
そして今日は、お盆 ― 過去から受け継がれた生命とつながる。
生命力というと、
「強さ」「元気」「頑張る力」を想像しがちです。
でも、もしかすると生命力には、
受け取る力も含まれているのではないでしょうか。
自分より前を生きた人たちから
命を受け取る。知恵を受け取る。文化を受け取る。
そして、それを自分のところで終わらせずに、次の生命へ渡していく。
私たちは、
過去から何かを受け取り、未来へ何かを渡していきます。
料理かもしれません。
価値観かもしれません。
優しさかもしれません。
生き方かもしれません。
そして、自分が未来へ残すものは、必ずしも大きなものでなくてもよいのです。
誰かに作った一杯の味噌汁。
子どもに伝えた「いただきます」。
家族で囲んだ食卓。
誰かを大切にした一日。
そんな小さなものも、
次の人の生命の中に
残っていくのかもしれません。
だから私たちは、生命の終点ではなく、
生命から生命へと何かを渡していく
一つの橋なのではないでしょうか。
今日は、自分の生命を一つ前の世代へ
たどってみませんか。
父。母。祖父。祖母。あるいは、
直接会ったことのないご先祖でもかまいません。
そして、「私は、この人たちから何を受け取っただろう?」
と考えてみてください。
顔。性格。料理。言葉。思い出。生き方。
何か一つ思い浮かんだら、心の中で、「ありがとう」と言ってみる。
それだけでも、
自分の生命の見え方が
少し変わるかもしれません。
私の命は、
私から始まったのではない。数え切れない生命がつながり、
今日、私という生命になっている。私は、
受け取った生命を生き、
また次へ何かを渡していく。生命力とは、
過去から未来へ命をつなぐ力でもある。
お盆は、亡くなった人を思い出すだけの行事ではなく、
「私は、どこから来て、
何を未来へ渡していくのだろう」
と、自分の生命を見つめる時間でもあるのかもしれません。
明日は、「自然への感謝 ― 人間も自然の一部」について考えます。
私たちは、
自然を眺める側なのでしょうか。
それとも、私たち自身も、
土、水、空気、太陽から生まれた
自然の一部なのでしょうか。
日本人が育んできた
自然との関係から、
明日はもう一度、
生命力を見つめてみたいと思います。
Holt-Lunstad J.(2024)
Social connection as a critical factor for mental and physical health.
社会的つながりと心身の健康との関係を整理したレビュー。
Wang F. et al.(2023)
Social isolation, loneliness and mortality outcomes:
A systematic review and meta-analysis of 90 cohort studies.
社会的孤立・孤独と死亡リスクとの関連を検討した大規模メタ解析。
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