味噌。醤油。納豆。ぬか漬け。甘酒。
私たち日本人の食卓には、
昔から「発酵」がありました。
けれど考えてみると、発酵とはとても不思議な営みです。
人間が材料を用意しても、
最後の仕事をしてくれるのは、目には見えない小さな生命たち。
微生物です。
私たちの祖先は、「マイクロバイオーム」という言葉を知らなくても、
微生物の働きを観察し、
待ち、生かしながら、
食べ物をおいしくし、
保存し、
暮らしの中に取り入れてきました。
今日は発酵から、
「生命力とは何だろう?」を考えてみたいと思います。
大豆から味噌をつくる。
米から甘酒をつくる。
野菜から漬物をつくる。
人間は材料を選び、
温度や水分、時間などの環境を整えます。
でも、その先で起きていることの多くは、
微生物やその酵素の働きです。
つまり発酵とは、
人間がすべてを支配してつくるのではなく、
生命が働ける環境を整え、その力を借りること。
ここに、とても日本的な知恵を感じます。
力ずくで変えるのではなく、よく観察し、環境を整え、待つ。
すると、目には見えなかった生命が働き始めます。
実は、発酵も腐敗も、
微生物の働きによって食品が変化する現象です。
人間にとって望ましい変化をもたらすものを
一般に「発酵」、
好ましくない変化をもたらすものを
「腐敗」と呼んでいます。
つまり微生物そのものが
単純に「良い」「悪い」なのではありません。
どんな微生物が、
どんな環境で、
どんな働きをするのか。
そこが大切なのです。
これは私たちの身体にも
少し似ているのかもしれません。
生命は単独で存在しているのではなく、
環境との関係の中で働いている。
発酵は、そのことを
目の前で見せてくれる生命の営みです。
日本の発酵文化を語るうえで、
欠かすことのできない存在があります。
麹です。
蒸した米や麦などに麹菌を育て、
その働きを利用して、
味噌、
醤油、
酢、
甘酒など、
さまざまな食品がつくられてきました。
そして2024年、
「伝統的酒造り」――麹菌を使った日本の酒造りの伝統的な知識と技術――が、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
評価されたのは、完成した食品だけではありません。
麹菌がよく育つように
温度や湿度を見ながら調整する技術、
そしてその知恵を、人から人へ受け継いできた文化です。
発酵とは、食品をつくる技術であると同時に、
目に見えない生命と付き合う知恵でもあったのです。
近年、世界の健康研究で
大きく注目されている言葉があります。
マイクロバイオーム。
私たちの腸をはじめ、
身体には膨大な微生物が存在しています。
そして、それらの微生物と食事との関係が
世界中で研究されています。
2024年の『Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology』のレビューでは、
発酵食品には、
微生物そのものだけでなく、
発酵によって生まれたり増えたりする
さまざまな生理活性成分があり、
それらが消化管の健康にどう関わるのか、
研究が進められていることが紹介されています。
発酵によって食品の成分が変化したり、
特定の望ましくない成分が減少したりする場合もあります。
ただし、「発酵食品なら何でも腸に良い」というほど単純ではありません。
食品によって微生物も成分も異なり、
加熱などによって生きた微生物が残っていないものもあります。
健康効果についても、
さらに質の高いヒト研究が必要です。
それでも、
発酵という古い技術を、
現代科学が新しい目で研究している。
ここがとても興味深いところです。
さらに2024年、
2,500を超える食品の微生物群を調べた
大規模な研究が発表されました。
研究者たちは、
食品に存在する微生物と
人間の腸や口腔のマイクロバイオームとの
重なりも調べています。
その結果から、
食べ物に由来する微生物の一部が、
人間のマイクロバイオームとつながっている可能性が
さらに詳しく見えてきました。
まだ分からないことはたくさんあります。
でも、「食べる」という行為は、栄養素を身体に入れるだけではない。
私たちは、食を通して微生物の世界とも
接しているのです。
ここまで見てくると、
生命力というものの見方も変わってきます。
私たちは、「自分の身体」というと、
自分一人でできているように感じます。
けれど実際には、
私たちの身体には多様な微生物が存在し、
食べたものと微生物との相互作用によって生まれる代謝物なども、
身体のさまざまな働きと関わっています。
つまり、人間の生命は、人間だけで完結しているわけではない。
たくさんの目に見えない生命との関係の中で、
私たちは生きています。
発酵を見ていると、
一つのことに気づきます。
良い味噌をつくろうとして、「早く発酵しなさい!」
と言っても発酵は進みません。
必要なのは、環境を整えること。適切な温度をつくること。
時間を与えること。
そして、生命が働くのを待つこと。
これは、人間にも似ていないでしょうか。
私たちも、「もっと頑張らなければ」「早く結果を出さなければ」
と、自分を動かそうとすることがあります。
でも生命力とは、無理やり引き出すものではなく、
生命が自然に働ける環境を整えることで、
内側からひらいてくるものなのかもしれません。
発酵は、「生命には、自ら働く力がある」
ということを静かに教えてくれています。
今日は、ご自宅のキッチンを
少し眺めてみませんか?
味噌。醤油。酢。納豆。ぬか漬け。甘酒。
普段何気なく使っているものの中に、
発酵の力でつくられた食品はいくつあるでしょう。
一つ手に取って、
「これは、人間だけでつくったものではないんだ」と思ってみてください。
いつもの味噌汁や一皿が、
少し違って見えてくるかもしれません。
生命力とは、
一人で頑張る力ではない。土と植物。人間と微生物。食べ物と身体。
さまざまな生命が関わり合い、
それぞれの力を発揮することで、
新しいものが生まれていく。発酵とは、
生命と生命が力を合わせる営み。
昨日は、
「いただきます」――私は、いただいて生きている。
今日は、
「発酵」――私は、目に見えない生命とも共に生きている。
少しずつ、「生命力」という言葉の意味が
広がってきたように思います。
そして明日は、お盆。
今度は時間を、
私たちが生まれるずっと前まで遡ってみます。
「私の生命は、私から始まったのだろうか?」
父母、祖父母、さらにその前の人々。
数えきれない生命の連なりの先に、
今日の私がいます。
明日は、「お盆 ― 命は、自分一人から始まっていない」
というテーマから、
受け継がれてきた生命について考えてみましょう。
Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology(2024)
“Fermented foods and gastrointestinal health: underlying mechanisms”
発酵食品に含まれる微生物や発酵によって生じる成分と、消化管の健康との関係を整理したレビュー。
Cell(2024)関連研究
2,500を超える食品の微生物群を解析し、食品の微生物と人間のマイクロバイオームとの関連を調べた大規模研究。
UNESCO(2024)
“Traditional knowledge and skills of sake-making with koji mold in Japan”
麹菌を用いる日本の伝統的酒造りの知識と技術が、ユネスコ無形文化遺産に登録。
生命力ジャーナル
Life Force Journal
― 世界の健康研究から、生命力を読み解く ―
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