生まれた環境で、人生の可能性は決まるのだろうか?-世界と私の命ー

地球と食の未来 Nov 02, 2026

 朝、子どもが学校へ出かけていく。

「いってらっしゃい。」
いつもと変わらない朝の風景です。

学校へ行き、友達と会い、授業を受ける。
帰ってきたら、今日あったことを話し、夕食を食べる。
私たちが何気なく過ごしている、そんな一日。

けれども、同じ朝。
世界には、学校へ行きたくても行けない子どもたちがいます。

家族の生活を支えるために働かなければならない子ども。
紛争によって、学校へ通えなくなった子ども。
女の子だからという理由で、学ぶ機会を制限されている子ども。

その一人ひとりにも、名前があり、家族があり、好きなことがあり、未来への願いがあるはずです。

世界の子どもたちに、何が起きているのでしょう

UNESCOが2026年に公表した推計によれば、2024年には世界で約2億7,300万人の子どもや若者が学校に通えていませんでした。

これほど多くの子どもたちが、教育を受ける機会から取り残されているという現実があります。

この数字を知ったとき、あなたは何を感じましたか。

「かわいそうだな」
「どうして学校へ行けないのだろう」
「国が何とかするべきではないか」
「私には何もできない」

どんな言葉が浮かんだとしても、まずは、その自分の反応に気づいてみたいのです。

私たちは、何を基準に世界を見ているのでしょう

私たちは日常生活の中で、たくさんの判断をしています。

努力すればできる。
勉強したければ学校へ行けばいい。
自分の人生は自分で切り開くものだ。

そうした考え方は、私たち自身の経験の中で育まれてきたものかもしれません。

けれども、学びたくても学べない子どもたちの現実に出会うと、その考え方だけでは理解できないことがあります。

学校が遠すぎる。
授業料や通学に必要な費用を払えない。
家族の安全を守るために、住んでいた場所を離れなければならない。

本人の努力だけでは変えられない条件が、確かに存在するのです。

そこで、もう一つ問いが生まれます。

私が「当たり前」だと思っていたことは、本当に誰にとっても当たり前なのでしょうか。

「命を讃える」という立場から

JLBAは、これまで「自分の人生を、自分で生きる」ということを大切にしてきました。

そして今、もう一つの問いを持ちたいと思います。

自分の命を大切にするということは、世界の誰かの命を、どう受け取ることなのでしょう。

私たちは、世界の問題をすぐに解決できるわけではありません。

けれども、その現実を知ったとき、これまでの考え方を問い直すことはできます。

「仕方がない」
「私には関係がない」

そう結論づける前に、少しだけ、その現実と一緒にいてみる。
答えを急がず、自分の中に生まれた言葉に耳を傾けてみる。
それもまた、世界との新しい出会いではないでしょうか。

私たちが大切にしている「命を讃える」とは、すべての問題の答えを持つことではありません。

どこに生まれた命も、かけがえのない存在として受け取る。

その立場から、自分と世界をもう一度見つめることです。

🌱 今日、あなたの中に生まれた問い

世界の子どもたちの現実を知ったとき、最初にどんな言葉が浮かびましたか。

その言葉は、あなたのどんな経験や考え方から生まれたのでしょう。

今日は、答えを出さなくてもかまいません。

その問いを、心のどこかに置いてみませんか。

 


参考資料

UNESCO(2026年公表)、世界の就学していない子ども・若者に関する推計(2024年対象)。

※世界の教育状況は地域や国によって異なります。本文の事例は、教育機会を妨げる代表的な要因を示したものです。

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