こんにちは。
JLBAがお届けする「世界の健康ニュース」です。
昨日は、自然は栄養や健康を与えてくれるだけでなく、
本来の生命の生き方を教えてくれる先生であることをお伝えしました。
今日は、日本の「道」に受け継がれてきた、
守・破・離について考えてみたいと思います。
今の時代は、「自分らしく生きよう」
「自分の答えを大切にしよう」とよくいわれます。
それは、とても大切なことです。
しかし、まだ基本を知らないまま、「私は私のやり方で」と始めてしまうと、どうなるでしょうか。
料理であれば、食材の特徴や包丁の使い方、味の組み立てを知らなければ、思い描いた一皿をつくることは難しいでしょう。
健康も同じです。
身体の仕組みや、食物の働き、自分の生活習慣を知らなければ、その時々の情報や流行に振り回されてしまうかもしれません。
自分らしさは、何も学ばずに好きなようにすることではありません。
基本を身につけ、その意味を理解した先に、自分の選択が生まれる。
日本の「守・破・離」は、その成長の過程を表しています。
「守」は、師や先人から伝えられた基本を学び、繰り返し実践する段階です。
初めて学ぶときには、まだ何が大切で、何がそうでないのかを十分に判断できません。
だからまず、型を知る。手順を覚える。繰り返しやってみる。
そして、身体で理解していきます。
現代の学習研究でも、専門性は一度に完成するものではなく、初心者から段階を追って育つと考えられています。初心者には、現在の力に合った課題、背景知識、丁寧な支援が必要であり、学んだことを繰り返し使うことで、知識が整理されていきます。
守るとは、言われたことに無条件に従うことではありません。
生命を支える基本を、まず素直に受け取ること。
そこから学びが始まります。
Rawfood道における「守」は、単にレシピを覚える段階ではありません。
植物性食品とは何か。
加工された食品と、自然に近い食品は何が違うのか。
なぜ生で食べるのか。
身体にはどのようなリズムがあるのか。
毎日の食事が、心身にどのような影響を与えているのか。
まず、生命を育てる食の基本を知り、実際に自分の生活で試していきます。
スムージーをつくる。
野菜を切る。ドレッシングをつくる。
一食を植物中心にしてみる。
小さな実践を繰り返すことで、知識だったものが、次第に自分の感覚になっていきます。
基本を繰り返していると、やがて問いが生まれます。
「なぜ、この順番なのだろう」
「私の身体には、どの方法が合うだろう」
「季節が変わったら、どうすればよいだろう」
ここからが「破」です。
「破」とは、基本を否定することではありません。
基本の意味を理解したうえで、別の方法も学び、比較し、自分で考え始める段階です。
学習研究でも、熟達は単に同じことを長時間繰り返せば生まれるわけではありません。現在の力に合った課題に取り組み、結果について具体的なフィードバックを受け、修正しながら次の課題へ進むことが重要とされています。
練習の量だけではなく、何に気づき、どのように改善したか。
そこに成長があります。
Rawfood道の「破」では、
教わったことをそのまま続けるだけではなく、自分の身体や暮らしを観察します。
家族構成。仕事の時間。住んでいる地域。季節。年齢。体調。人生の目的。
人によって、最適な暮らし方は異なります。
基本を持っているからこそ、
「今日は温かい料理も取り入れよう」「今の私には、この割合が心地よい」
「この土地で採れる食材を生かしてみよう」
と、自分で判断できるようになります。
正解を外に求め続けるのではなく、
知識と身体の声を対話させながら、自分の答えを育てる。
それが「破」の学びです。
「離」は、学んだ型を捨てて、何でも自由にすることではありません。
基本が自分の中に深く根づき、意識しなくても自然に生かせるようになったとき、
その人ならではの表現が生まれます。
料理であれば、自分の味が生まれる。
仕事であれば、自分の役割が見えてくる。
人生であれば、自分が何を大切にして生きたいのかが明確になる。
専門性の研究では、熟達した人は、初心者より多くを知っているだけでなく、知識がよく整理・統合され、状況に応じて使えるようになると説明されています。
つまり「離」とは、学びから離れるのではなく、
学びが自分自身と一つになることなのです。
Rawfood道の到達点は、
全員が同じ食事をし、同じ暮らしをすることではありません。
食を通して生命力を育て、
自分が何者であり、何を大切にし、
この生命を何に使いたいのかを見つけていくことです。
ある人は、家族の食卓を整えるかもしれません。
ある人は、地域で小さな教室を始めるかもしれません。
ある人は、子どもたちに生命の大切さを伝えるかもしれません。
またある人は、農や環境、福祉、教育など、自分の役割を見つけるかもしれません。
学んだものが、その人らしい形で社会へ生かされていく。
それがRawfood道の「離」です。
「守」が終わったら、もう基本には戻らない。
「離」に到達したら、学ぶ必要はない。ということではありません。
新しいことに出会えば、私たちは再び初心者になります。
自分の考えに偏りが生まれたときには、基本へ戻ります。
自分らしい道を歩いている人ほど、何度も「守」へ帰り、学び直します。
全日本剣道連盟の機関誌にも、剣道で学んだ型や姿勢が、仕事や人生の現場で生かされていく実例が紹介されています。そこでは「道」の学びは道場の中だけにとどまらず、人生を歩む力へとつながっています。
守・破・離は、一度だけ通過する三つの地点ではなく、
人生の中で何度も巡る、成長の循環なのではないでしょうか。
AIは、多くの知識や答えを瞬時に示してくれます。
けれども、答えを知ることと、それを生きられることは同じではありません。
AIから得た情報を理解するためには、基本が必要です。
複数の情報を比較し、自分で判断するためには、経験が必要です。
そして、その知識を何のために使うのかを決めるのは、人間です。
守――基本を身につける。
破――問いを持ち、自分で考える。
離――自分の生命を、自分らしく表現する。
守・破・離は、AI時代を生きる私たちにこそ必要な学び方です。
JLBAが大切にしてきたLiving Beautyは、
誰かがつくった理想の人になることではありません。
生まれながらに持っている、その人らしい美しさを生きることです。
けれども、本来の自分は、
「好きなようにすれば、すぐに見つかるもの」ではないのかもしれません。
基本を学び、実践し、失敗し、問いを持ち、自分で選び直す。
その過程を通して、少しずつ余分なものがほどけ、
本来の自分が現れてきます。
守・破・離とは、
何か特別な人になるための階段ではありません。
本来の自分へ還っていく道。
そして、
その生命を自分らしく生かしていく道なのです。
今日、自分が取り組んでいることを一つ思い浮かべてみてください。
私は今、
「守」にいるでしょうか。
「破」にいるでしょうか。
それとも「離」へ向かっているでしょうか。
上手にできていないからといって、焦る必要はありません。
「守」の時期にいるなら、まず基本を丁寧に繰り返す。
疑問が生まれているなら、なぜなのかを考えてみる。
自分の方法が見えてきたなら、小さく表現してみる。
今いる場所を知るだけでも、次の一歩が見えてきます。
あなたが今、
人生の中で身につけようとしていることは何ですか。
そこに必要なのは、もっと自由になることでしょうか。
それとも一度、基本へ戻ることでしょうか。
守ることも、破ることも、離れることも、すべてが成長です。
守・破・離は、技術を育てるだけではなく、
その人の人生を育てる法則なのです。
健康になることは、人生のゴールではありません。
育てた生命力を、
誰と、何のために、どのように生かしていくのか。
Living Beautyから始まり、Be You、生命力、そしてRawfood道へとつながったJLBAの原点を振り返りながら、7日間を完了します。
National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine|How People Learn II
学習がどのように定着し、応用できる知識へ育つかをまとめた全米科学・工学・医学アカデミーの報告書。
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Persky & Robinson|Moving from Novice to Expertise and Its Implications for Instruction
初心者から熟達者へ進む段階と、各段階にふさわしい学習支援についての論文。
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McGaghieほか|Simulation-based Medical Education with Deliberate Practice
明確な目標、適切な難易度、反復練習、評価、フィードバックを組み合わせた学習の効果を検討した研究。
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