スーパーの果物売り場を歩いていると、
「あ、もう梨が出ている」
「ぶどうがおいしそう」
「いちじくの季節なんだ」
そんなふうに、季節を感じることがあります。
今は一年を通して、さまざまな食べ物を手に入れられる時代です。
それでも、季節が巡るたびに姿を見せる果物には、どこか特別なものがあります。
今日は、「旬をいただく」ということを考えてみたいと思います。
一つのぶどうが実るまでには、時間があります。
芽が出て、
花が咲き、
小さな実が生まれ、
太陽を浴び、
雨を受け、
少しずつ実が育っていく。
私たちが手に取る果物の向こうには、
自然が過ごしてきた時間があります。
梨も、ぶどうも、いちじくも、りんごも。
ある日突然、果物売り場に現れたわけではありません。
季節の中で育ち、
その時を迎えて、
私たちのところへ届いたものです。
そう考えると、
「何を食べようかな」という毎日の小さな選択が、
自然との出会いにも見えてきます。
自然にはリズムがあります。
朝が来て、夜が来る。
春が来て、夏が来て、秋になり、冬へ向かう。
育つときもあれば、
実るときもあり、
休むときもあります。
人間も、本来はその自然の中に生きている生命です。
いつも同じ元気でなくてもいい。
いつも前に進んでいなくてもいい。
動きたい日もあれば、
少し休みたい日もある。
それなのに私たちは、ときどき、
「昨日と同じようにできなければ」
「もっと頑張らなければ」
と、自分に求め続けてしまいます。
旬の果物を見ていると、
自然は、「いつも同じでなくていい」
と教えてくれているようにも感じます。
旬という言葉には、「今、この時」という感覚があります。
今だから味わえるもの。
今だから香るもの。
今だから出会えるもの。
それをいただく。
これは、食べ物だけの話ではないのかもしれません。
私たちの人生にも、
今だから感じられることがあります。
今だからできることがあります。
そして、今だから出会える人がいます。
過去でもなく、まだ来ていない未来でもなく、
今の自分を生きる。
旬のものをいただくことは、
そんな生命の時間を思い出す、小さな機会にもなります。
果物を選ぶとき、
栄養だけで選ばなくてもいいのです。
「わあ、おいしそう」
「この色、きれい」
「今年もこの季節が来た」
そんな気持ちで手に取る。
家に帰ったら、
少し丁寧に洗って、
切って、
お気に入りのお皿に盛ってみる。
そして、
「今、この季節をいただいているんだな」と思いながら味わう。
食べることが、
健康のための「やること」から、生命を味わう時間へ変わっていきます。
それも、果物が私たちに届けてくれるものの一つではないでしょうか。
明日は「果物から、生命力をひらく。」最終日です。
この4日間、自分のために選び、味わってきた果物を、
今度は少し美しく切ってみる。
そして誰かと分かち合ってみる。
自分の生命を満たすことから、誰かの生命を喜ばせることへ。
果物から始まった小さな体験を、もう一歩広げてみたいと思います。
今日は果物売り場で、
「今、一番おいしそう」
と感じる旬の果物を一つ選んでみませんか。
栄養成分を先に考えなくても大丈夫。
色を見て、
香りを感じて、
「これを食べたい」
と思ったものを選ぶ。
そして食べるとき、
「今、この季節をいただいている。」
と少しだけ感じてみてください。
今日しかない季節と、
今日しかないあなたが出会う食卓です。
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