「道」は、どこかへ行くためだけのものではない ― 本来の自分に還る。DAY5 ―

 日本には、不思議な言葉があります。

「道」

茶道。
華道。
書道。
弓道。

どれも最初は、技術を学びます。

お茶を点てる。
花を生ける。
文字を書く。
的を見る。

でも、長く続けていくと、単に「上手にできるようになる」ことだけが目的ではなくなっていきます。

一つのことを繰り返しながら、

自分の心を見る。
人との関わりを見る。
自分の在り方を深めていく。

だから日本人は、「技」だけではなく「道」という言葉を使ってきたのでしょう。

食にも「道」があるとしたら

料理にも技術があります。

切り方。
調理法。
盛り付け。
栄養の知識。

ローフードにも、もちろん学ぶべき知識や技術があります。

けれど、毎日の食を続けているうちに、もっと大きな問いに出会うことがあります。

「私は、どんなふうに生きたいのだろう?」

何を食べるかを選ぶとき、自分の身体を見る。
旬の食べ物をいただくとき、自然を見る。
家族のために料理をするとき、大切な人との関係を見る。
「いただきます」と言うとき、自分以外の生命によって生かされていることに気づく。

食べることは、思っている以上に「生きること」とつながっています。

正解に到着するのではなく、歩き続ける

「道」には、もう一つ大切なことがあります。

ゴールに到着して終わるものではない、ということです。

昨日より今日。
今日より明日。
何かを繰り返しながら、少しずつ気づいていく。
ときには迷う。
立ち止まる。
また始める。
それでも歩いていく。

だから「道」なのではないでしょうか。

健康も同じです。

完璧な食事ができたら終わり、ではありません。

身体は毎日変化します。
年齢も変わります。
家族も環境も変わります。

そのたびに、

「今の私は、どうだろう?」

と自分に戻る。

その繰り返しです。

Rawfoodに「道」をつけた理由

JLBAは長い間、ローフードを伝えてきました。

そして、その実践の先に見えてきたものがあります。

私たちが届けたいのは、

ローフードを上手につくれる人を増やすことだけではない。

食を通して自分の身体に気づき、

自分の生命を感じ、

自分自身の人生を生きていくこと。

だから今、

Rawfood「道」

という言葉を使っています。

ローフードを学んで終わるのではなく、

食を入口に、自分自身を探求し続ける。

明日は、その「食」と「生き方」がどのようにつながっていくのか、もう少し見ていきたいと思います。

🌱 今日の小さな生命力

今日の食事を一回だけ、少し丁寧にしてみましょう。
料理を豪華にする必要はありません。

姿勢を整える。
スマートフォンを置く。
一口をよく味わう。

食べ終わったとき、
「今の私は、どんな感じ?」と聞いてみてください。

いつもの食事も、自分自身に還る「道」の一歩になります。

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