日本には、不思議な言葉があります。
「道」
茶道。
華道。
書道。
弓道。
どれも最初は、技術を学びます。
お茶を点てる。
花を生ける。
文字を書く。
的を見る。
でも、長く続けていくと、単に「上手にできるようになる」ことだけが目的ではなくなっていきます。
一つのことを繰り返しながら、
自分の心を見る。
人との関わりを見る。
自分の在り方を深めていく。
だから日本人は、「技」だけではなく「道」という言葉を使ってきたのでしょう。
料理にも技術があります。
切り方。
調理法。
盛り付け。
栄養の知識。
ローフードにも、もちろん学ぶべき知識や技術があります。
けれど、毎日の食を続けているうちに、もっと大きな問いに出会うことがあります。
「私は、どんなふうに生きたいのだろう?」
何を食べるかを選ぶとき、自分の身体を見る。
旬の食べ物をいただくとき、自然を見る。
家族のために料理をするとき、大切な人との関係を見る。
「いただきます」と言うとき、自分以外の生命によって生かされていることに気づく。
食べることは、思っている以上に「生きること」とつながっています。
「道」には、もう一つ大切なことがあります。
ゴールに到着して終わるものではない、ということです。
昨日より今日。
今日より明日。
何かを繰り返しながら、少しずつ気づいていく。
ときには迷う。
立ち止まる。
また始める。
それでも歩いていく。
だから「道」なのではないでしょうか。
健康も同じです。
完璧な食事ができたら終わり、ではありません。
身体は毎日変化します。
年齢も変わります。
家族も環境も変わります。
そのたびに、
「今の私は、どうだろう?」
と自分に戻る。
その繰り返しです。
JLBAは長い間、ローフードを伝えてきました。
そして、その実践の先に見えてきたものがあります。
私たちが届けたいのは、
ローフードを上手につくれる人を増やすことだけではない。
食を通して自分の身体に気づき、
自分の生命を感じ、
自分自身の人生を生きていくこと。
だから今、
Rawfood「道」
という言葉を使っています。
ローフードを学んで終わるのではなく、
食を入口に、自分自身を探求し続ける。
明日は、その「食」と「生き方」がどのようにつながっていくのか、もう少し見ていきたいと思います。
今日の食事を一回だけ、少し丁寧にしてみましょう。
料理を豪華にする必要はありません。
姿勢を整える。
スマートフォンを置く。
一口をよく味わう。
食べ終わったとき、
「今の私は、どんな感じ?」と聞いてみてください。
いつもの食事も、自分自身に還る「道」の一歩になります。
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