海を見たとき。
森の中を歩いたとき。
風が頬に触れたとき。
朝の光を浴びたとき。
きれいな夕焼けを見たとき。
何か問題が解決したわけでもないのに、
「なんだか、ほっとする」
そんな経験はありませんか。
自然は、私たちに何かを説明してくれるわけではありません。
「こうしなさい」
とも言いません。
ただ、そこにあります。
それなのに、自然の中にいると、
少し呼吸が深くなったり、
頭の中が静かになったりします。
なぜなのでしょう。
普段の暮らしでは、
私たちは自分を自然とは別の存在のように感じています。
建物の中で仕事をし、
スマートフォンを見て、
時計に合わせて動き、
スーパーで包装された食べ物を買う。
とても便利な暮らしです。
でも、その身体を少し遡ってみると、
私たちをつくっているものは、
すべて自然からやってきています。
水。
空気。
太陽。
植物。
大地から育った食べ物。
私たちは自然を「見に行く」存在である前に、
私たち自身が、自然の中に生きている生命です。
だから自然に触れたとき、
何か新しいものを得るというより、
もともと知っていた感覚を思い出しているのかもしれません。
自然に触れるというと、
森や海へ出かけなければならないように思います。
でも、もっと身近な自然があります。
たとえば、一つの果物。
手のひらに載せてみてください。
その果物は、
土に根を張った木から生まれ、
太陽の光を浴び、
雨を受け、
時間をかけて実りました。
色があります。
香りがあります。
触れたときの感触があります。
切れば、みずみずしい果汁が現れます。
私たちは毎日の食卓で、
自然そのものに触れている
とも言えるのです。
食べ物は、
外にある自然が、
自分の身体の一部になるものです。
考えてみれば、とても不思議なことです。
一本の木に実っていた果物が、
食べることで、
私たちの身体をつくるものになっていく。
自然と自分は、
本当は切り離されていません。
JLBAが長くローフードを伝えてきた理由も、
単に「生の野菜や果物は身体にいい」ということだけではありません。
自然に近い食べ物に触れ、
味わい、
身体がどう感じるかを見ていく。
そこから、
自分自身の生命を感じ直すことができる。
食は、そのためのとても身近な入口でもあります。
明日はもう一歩進んで、
「生の食べ物をいただく」ということを、
栄養とは少し違う角度から見てみたいと思います。
今日は5分だけ、
自然に触れてみませんか。
外に出て風を感じてもいい。
空を見てもいい。
木に触れてもいい。
あるいは、果物を一つ手に取ってみる。
そして、
「これも、私も、同じ自然の中にいる生命なんだ」
と、ほんの少し感じてみてください。