「野菜、ちゃんと食べた?」
「朝ごはん食べていきなさい」
「お菓子ばかり食べないでね」
子どもが小さいうちは、
親が食べるものを用意し、
いろいろなことを伝えることができます。
でも、その時間は
ずっと続くわけではありません。
いつか子どもは大きくなり、家を出て、
自分で食べるものを選ぶ日がやってきます。
そのとき私たちは、
子どもに何を残せるのでしょう。
学校へ行く。仕事をする。一人暮らしをする。
忙しい日もある。
疲れて、料理をしたくない日もある。
そんなとき、「お母さんが言っていたから」ではなく、
「今日は、身体がこういうものを欲しがっているな」と、自分で感じて選べたら。
果物を自然に手に取る。
野菜を一品加える。
疲れているから早く休む。
食べすぎたら、
次の食事で少し整える。
そんな小さなことが
できる人になっていたら。
それは、親から子どもへ渡せる
大きな贈りものではないでしょうか。
子どもの食行動については、多くの研究が行われています。
78の研究をまとめた
システマティックレビュー・メタ解析では、
親自身が健康的な食べ方を見せることや、
家庭に健康的な食べものが用意されていることは、
子どもの食行動と関連することが示されました。
つまり、「野菜を食べなさい」と言い続けることだけではなく、
冷蔵庫に果物がある。
食卓に野菜がある。親がおいしそうに食べている。
家族で食事を楽しんでいる。
そんな日常の環境そのものから、
子どもは多くのことを受け取っているのです。
子どもの頃を思い出してみてください。
毎朝お味噌汁があった。
季節になると、この果物を食べた。
風邪をひくと、こんなものを作ってくれた。
家族で食べるときには、「いただきます」と言った。
その頃は意味を考えていなかったことが、
大人になったある日、
「ああ、うちではいつもこうしていたな」と、自分の暮らしの中に
現れることがあります。
それが、
習慣が文化になる瞬間なのかもしれません。
食についての知識は、
これからも変わっていくでしょう。
新しい研究も出てきます。
新しい食品も、新しい食べ方も生まれます。
だから子どもに残したいのは、
「これを食べれば正解」という答えだけではないと思うのです。
自分の身体を感じる。自然のものをおいしいと思う。
食べものがどこから来たのかを想像する。
自分で簡単なものをつくる。
誰かと食べることを楽しむ。
生命をいただいていることを忘れない。
そして、自分の生命を、自分で大切にできる。
そんな力ではないでしょうか。
親の役割は、
子どもの人生をずっと管理することではありません。
いつか、手を離す日が来ます。
だからこそ、「今日、何を食べさせるか」だけではなく、
「この子が30歳になったとき、
自分の生命を自分で養えるだろうか」
そんな少し先の未来から、今日の食卓を見てみる。
すると、一緒に果物を切ったこと。
野菜を育てたこと。
「おいしいね」と食べたこと。
「いただきます」と生命に感謝したこと。
そんな何気ない毎日が、
とても大切に思えてきます。
子どもに何を残せるだろう。
知識でしょうか。
財産でしょうか。
もちろん、どちらも大切です。
でももう一つ、「自分の生命を大切にして生きる習慣」
を残すことができたら。
その子が親になったとき、また次の世代へ
その習慣を手渡すかもしれません。
一つの家庭で始まったことが、
世代を越えて続いていく。
そう考えると、
今日の食卓は、今日だけのものではありません。
未来の食卓へ、つながっています。
明日の朝、子どもに何かを「させる」前に、
一つだけ、
自分がおいしそうに
果物を食べてみる。
そんな小さな姿からでも、
未来へ残る習慣は
始まっていくのかもしれません。
◆関連記事
”命をいただく”を子供と考えてみる