「いただきます」
毎日の食事の前に、
私たちは何気なくこの言葉を口にします。
子どもにも、「ちゃんと、いただきますを言おうね」と教えます。
でも、ある日こんなふうに聞かれたら、
どう答えるでしょう。
「何を、いただくの?」
スーパーに並んでいる
真っ赤なトマト。
そこだけを見ていると、
最初から「食べもの」として
存在していたように感じます。
でも、その前には、小さな種がありました。
土に根を伸ばし、太陽の光を浴び、水を吸い、
花を咲かせ、
少しずつ実を大きくしてきました。
そして、育てた人がいる。
収穫した人がいる。運んだ人がいる。お店に並べた人がいる。
その長い時間の先に、今日の食卓があります。
野菜も、果物も、穀物も、自然の中で育ってきた生命です。
私たちは、その生命をいただくことで
自分の生命をつないでいます。
そう考えてみると、「いただきます」は単なる
食事の始まりの挨拶ではなく、
「あなたの生命を、私の生命にいただきます」
という、とても深い言葉にも聞こえてきます。
食べるということは、生命と生命がつながることなのですね。
「食べものを大切にしなさい」と言うこともできます。
でも、それ以上に心に残るのは、実際に体験することかもしれません。
プランターに、一粒の種を植えてみる。
小さな芽が出る。毎日水をあげる。少しずつ大きくなる。花が咲く。
そして、ようやく実がなる。
その一つを自分で収穫して食べたら、スーパーで買ったものとは
少し違って見えるかもしれません。
農林水産省がまとめている食育の研究でも、農林漁業体験をしている子どもは、そうでない子どもに比べ、食への関心や感謝の気持ちが高い傾向が複数の研究で報告されています。
また農業体験をした人への調査でも、「自然の恩恵や生産者への感謝を感じるようになった」という変化が多く挙げられています。
つまり、知識として「感謝しなさい」と教えるより、
生命が育つところに触れる。
そこから自然に生まれてくるものが
あるのでしょう。
子どもが食べものを残すと、「もったいないでしょう」
「残さず食べなさい」と言いたくなります。
もちろん、食べものを大切にすることは
とても大事です。
でもその前に、「このニンジン、ここに来るまでに何日くらい
かかったんだろうね」
「誰が育ててくれたんだろう?」と、一緒に考えてみる。
食べものの向こうにある生命や人の姿が見えてきたとき、
「大切に食べよう」という気持ちは、
命令されなくても
子どもの中から生まれてくるかもしれません。
今夜の食卓で、一つだけ食べものを選んでみてください。
トマトでも、お米でも、果物でもいい。
そして子どもと、「これ、どこから来たんだろうね?」と話してみる。
正しい答えを教えなくても大丈夫です。
土かな。木になっていたのかな。誰が採ったんだろう。
どうやってここまで来たのかな。
一緒に想像してみる。
そして食べる前に、「いただきます」と言ってみる。
昨日までと同じ言葉なのに、
少し違って聞こえるかもしれません。
子どもたちは、
これから長い未来を生きていきます。
その未来に残したいものは、
食の知識だけではありません。
自然の中で生命が育っていることを知る。
自分もその自然の一部だと感じる。食べものを育ててくれた人を思う。
そして、生命をいただいて、自分は今日を生きている。
そんな感覚を持つこと。
それはきっと、食べものだけではなく、
自分の生命を大切にすること。
誰かの生命を大切にすること。
そして、地球の生命を大切にすることへ
つながっていくのではないでしょうか。
「いただきます」その短い言葉の中には、
未来へ手渡したい
とても大きな知恵があります。
今日の食卓で、子どもと一緒にもう一度、
「いただきます」の意味を感じてみませんか。
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