昨日は、子どもと「一緒につくる」ことについて考えました。
野菜を洗う。果物を切る。混ぜる。盛りつける。
そして今日は、その続きを。
できあがったものを、一緒に食べる。
とても当たり前のことですが、
そこにも子どもの生命力を育てる
大切な時間があります。
自分でつくったサラダを
家族が食べて、「おいしいね」と言ってくれた。
自分で切った果物を
みんなが食べてくれた。
それだけで、
子どもの顔がちょっと誇らしそうになることがあります。
料理の完成は、「できた」で終わるのではなく、
誰かと分かち合うことで、
もう一つの喜びになる。
食べることは、
自分の身体を養うだけではないのですね。
家族で一緒に食べることについては、
世界で多くの研究が行われています。
2023年には、それまでの41件のシステマティックレビューをさらにまとめた、大規模なレビューが発表されました。
そこでは、家族で食事をする頻度が高いことは、子どもや青少年のより良い食生活、ウェルビーイングなど、さまざまな良好な指標と関連していることが報告されています。
ただし、
「家族で食べれば、それだけで子どもが健康になる」
という単純な話ではありません。
研究でも、
家庭環境など多くの要因が関係するため、
因果関係については慎重に考える必要があります。
それでも、
一緒に食卓を囲むという時間そのものに、
私たちが思っている以上の意味がある。
ということは、とても興味深いですね。
「今日、学校どうだった?」と聞いても、
「別に」で終わる日もあります。
無理に聞き出さなくてもいいのかもしれません。
一緒に食べていると、「今日さあ……」
と突然話し始めることがあります。
笑ったこと。
嫌だったこと。
友達のこと。
最近好きなこと。
子どもは毎日、少しずつ変わっています。
食卓は、
そんな**「今日のこの子」**に
出会える場所でもあります。
ここで、
「では、毎日家族揃って食べなくては」と思わないでください。
仕事もある。習い事もある。塾もある。
家族それぞれの生活があります。
完璧な食卓をつくる必要はありません。
週末の朝ごはんでもいい。
果物を一緒に食べるだけでもいい。
10分だけでもいい。
大切なのは、
回数を達成することより、
その時間に、「あなたと一緒にいるよ」
という空気があることなのかもしれません。
「野菜を残した」
「好き嫌いが多い」
「食べるのが遅い」
親としては、
気になることがたくさんあります。
でも、ときには
それを少し横に置いて、
「これ、おいしいね」と一緒に味わってみる。
食卓が、「ちゃんと食べなさい」と言われる場所ではなく、
安心して自分でいられる場所だったら。
子どもにとって、
食べることそのものが
もっと豊かな体験になるのではないでしょうか。
特別な料理はいりません。
豪華な食卓も必要ありません。
昨日一緒につくった一品でもいい。
果物一つでもいい。
一緒に座って、「おいしいね」と食べる。
そして、
子どもが何か話し始めたら、
少しだけ手を止めて聞いてみる。
そこに正しい答えはいりません。
一緒につくる。
一緒に食べる。
一緒に笑う。
そんな何気ない時間が、
子どもの記憶の中に残っていきます。
そしていつかその子が大人になり、
大切な誰かと食卓を囲んだとき、
同じように、「おいしいね」と言っているかもしれません。
食卓で育つものは、
身体だけではありません。
人とつながること。
誰かを大切にすること。
自分も大切にされていると感じること。
それもまた、
私たちが未来へ手渡していける
「生命力」なのではないでしょうか。
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